獣の女医 in アフリカ

満月の光

角膜の炎症を起こす、「Moon Blindness」という病気が馬にある。原因は不明で、たぶん目に入る寄生虫やらバクテリアなどが原因だろうと言われているが、炎症は月の明かりでひどくなることが分かっている。よって、満月の夜に角膜の炎症はひどくなる。満月の光ってなんか不思議だと思う。引力の関係で体の70%が水分の人間は、満月の夜になると不思議な現象を起こすと言われている。アメリカの警察の統計では、事故が起きたり、殺人が起きたりするのは、満月の夜が圧倒的に多いらしい。動物も人間と同じように体の70%は水分だから、ムーンブラインドネスもその影響があるのかもしれない。

このムーンブラインドネスという病気にかかった馬がいた。角膜は炎症がひどく、真中には角膜の潰瘍も出来ていた。角膜移植の手術の執刀医は私のムエタイ友達のノニー。ノニーはケニア生まれのインド人女医さん。今までイギリスで12年ほど働いて、去年ケニアに帰ってきた。動物の眼科のスペシャリストである。ノニーが執刀医、私が実習で通っている馬のインド人獣医さんのバーマさんが助手、見学する獣医学生が私を含めて4人。この手術の行なわれるのは、カレンと呼ばれるナイロビ郊外で、ここは馬を飼っている白人が多い。そして、先進国みたいに手術施設がないので、ケニアでの馬の手術は外でする。

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庭でする馬の手術。絶対先進国ではありえないはず!

手術は、白目の部分の角膜を切りとって、黒目の部分の角膜潰瘍の上にかぶせて縫うというもの。犬のレンズを取り除くのは見たことがあるけど、すごく興味深い手術でワクワク。まず、ケシラミン・ケタミンのコンビネーションでの全身麻酔。20分ほどすると馬はドサッと倒れ込んだ。頭の下にクッションをひいたり、足を縛り付けたりして手術の準備をする。そして、手術が始まった。まず、白目の部分を大きく開いて角膜を小さな眼科用のはさみで切り取る。そして、その切り取った角膜を潰瘍の上にかぶせてサイズが合っているかどうか調べる。途中、馬の麻酔がうまく効いていなかったのか、いきなり馬の手足が動き出した。その揺れでピンセットが潰瘍の上を少し振れてしまい、潰瘍からムニムニっと歯磨き粉みたいに膿が飛び出してきた(痛そう・・・)。麻酔状態をモニターしているはずのクラスメートのインド人は、手術を見るのに忙しくてモニターをほったらかしにしていた。麻酔モニターは、手術の成功するかどうかにすごく大切なのに・・・。潰瘍に角膜を乗せた後、ノニーが髪の毛ぐらいの細さの糸で角膜を縫い付けだした。なんか、パッチワークやってるみたい・・・。

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目の手術はこんな感じで行なわれる。
(これは角膜移植手術ではなくて、目の腫瘍を取り除く手術の写真)→ドクター・バーマ(左)

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同じく腫瘍の手術。

後一針という所で、突然とんでもないハプニングがっ!ノニーが最後の一針を縫おうとして、他の人達が馬が麻酔から起きあがる前に器具をかたずけようとしていた時、突然馬が起きあがってしまったのである。麻酔のモニターの男の子は手術を見てばっかりいて、ちゃんとモニターをせず、麻酔が切れかかっているのに気がついてもいなかった(おいっ!)。ノニーは慌てて最後の1針を終わらせ、馬の頭を押さえていた私は、450キロの馬が首を振りまわすのでふっとばされてシリモチをついた。

そして、突然起きあがった馬はキチガイみたいに暴れ、まず庭のフェンスに倒れこんでフェンスを破壊!その後も木は倒すわ、立ちあがって前足で蹴るわ後ろ足で蹴るわで、もう大変!20分近く暴れて、誰も近寄れない。馬が暴れ出したら、危ないのでハンドラーは一人でなければいけない(一人だと馬の蹴りをよけるスペースをある程度確保できる)。そして、回りに人がいると馬が暴れた時に危ないので、馬とハンドラーだけにする。ハンドラーは馬が倒れたり蹴ったりする動きに合わせて動かなければいけないので、回りに人がいると邪魔だし危険なのである。ハンドラーは馬専門をやって30年以上のドクター・バーマ。綱を持って、馬の蹴りの動きに合わせて避けながら、頭のホルターを掴もうとしている。そして、みんなが回りから遠のいてドクターが馬を捕まえるスペースをあげているのに、何故かクラスメートは馬の横に立ってホルターを掴もうとしている→(自殺行為です)。アンタがモニターほったらかしにしたからこうなったのに、また何やってんだよ・・・。ドクターも、「馬を動かせないからどいて!」と怒鳴っているが、難聴なので彼は聞こえていない(死ぬぞ)。

時々麻酔に変に反応して暴れ出す馬がいるけど、今日はそれの最悪ケース。かなりひどい暴れ方をしていて、いっこうに静まる気配がない。庭で暴れた後は、コンクリートのドライブウェーで立ち上がって、後ろに転倒。30分ほどたった時、やっとドクターが馬のホルターを掴んで馬を倒した。そして、急いで静脈注射でまた馬を寝かせる。もう少し暴れていたら、ドライブウェーの後ろの崖に落っこちていたところだった。馬がおとなしくなって、ロープを放したドクターの手は摩擦で血が出てた。以前、麻酔から覚める時に暴れた馬に蹴られて首がすっ飛んで即死しまった人もいるのを聞いたことがある。ホントひどい怪我人が出なくて良かった。そして、2度目の麻酔から覚めた馬は、何もなかったように静かに起きあがった。いったい今までの暴れようは何だったんだろう・・・。麻酔って教科書通りにいかないので、怖いな。