父もサンフランシスコの帰国子女、その娘である私は根っからの帰国子女です。アメリカでの学生時代(まだしょうこりもなく学生なんだけど)、「帰国子女って得だよね」という言葉をよく聞いたことがあります。帰国子女・・・、確かに2,3年で帰ってしまうなら楽かもしれない。英語を覚える前に帰国してしまうし、日本の大学で帰国子女枠を使えるし、その後もいい会社に入れるだろうし(すべての人がそうではないけどね)。でも、21年も帰国子女をやっているといろいろあるんです!自分は誰なんだろう?なんていう「Identity Crisis」に若いころから悩んだり、価値観が両国まじってしまってどちらの国にも落ち着けなかったり・・・。いろいろです。英語を覚えるのも大変だったし、アメリカ社会に入れてもらおうと必死で背伸びしていた時代もあったし、自分の英語の発音が大嫌いで無理やりアメリカ英語を話していた時もあった・・・。13歳からいたアメリカは苦労がいっぱいだったような気がします。それが自分が強くなれるかの試練だったような気もするけど・・・。ま、まだ若いか!
アメリカ時代に中途半端だった「自分」というものが、アフリカに来たことで、初めてはっきりした気がします。小さい時からアフリカに憧れを抱いていて、いつか必ずアフリカに来たいと思っていた。私がアフリカに行きたいと思ったきっかけの一つは、ゾウの研究者のジョイス・プール博士の自伝。彼女の本を読み、将来はアフリカのブッシュで野生動物に囲まれて暮らしたい!と思った。でも、実際にアフリカに来た当初は、ばくぜんとそんなことを思っていた私が「非現実的だったんだー!」というショックの方が強かったかも。21歳でアフリカにのりこんだ当時の私は世間知らずでした(今でもそうだけど)。あまりにも自分が未熟だったな、と。今は手に職をつけたい一心とプロフェッショナルになるべく、ナイロビ大学の獣医学部に通っています。将来はアフリカ大動物を診る野生動物獣医さんになりたいんです。
自分っていったい誰なんだろう、何がしたいんだろう、そんな疑問、みんなが一度は感じたことがあると思う。今では元気印のあすかさんですが、これでもいっぱい悩んだ時代もあります。ほんとにやりたいことに突き進んで、がむしゃらに生きてふと気づいた時に一人だったってのは、なんか寂しいよー、とか考えてしまいます。でも、好きなことが見つからないで「人生つまらない」って文句言っているよりは、とても素敵な行き方だと思うの。
私のやっていることは傍からみると「変」かもしれない。変かどうかは分からないけど、とりあえず27歳の娘がやっていることにしてには少々変わっていると思う。それは自分でも知っています。でも、変であるってあることは、いけないことではないと思う。ただたんに変であるだけだったら、本当の「変な人」だけど・・・。
「あんたは変わっていることが好きな娘なんだから、変わっているだけではなくて、ちゃんとその道で極めなさい。」
親に前に言われたことがある。その通りだと思う。変ならちゃんと自分の道で極めて、
「あの子は変わっているけど、すごいんだよ!」
って言わせなければ!
これから自分の好きな道、夢に向かって羽ばたいていく若い人って、いっぱいいると思う。そんなふうに自分の好きなことに向かって頑張っている若い人を応援したい、特に若い女性軍団を応援したいなー(やっぱ自分が女だからね)。これからの時代は女性もどんどん頑張って進出する時代だと思うの。アフリカに来たい、アフリカが好き、動物が好き、好きなことを頑張ってやりたい、そういう人に自分の本を読んでもらいたくて、この本を書きました。私がアフリカに初めて飛びこんだのは、21歳の時でした。気がついたらアフリカの土地で27歳になっていました。いろいろなイメージがあると思うけど、アフリカは遠いけど、怖かったり、女一人で来れない所ではないです。だって、こんな私でも自分の好きなことをしたくて一人でアフリカに来ることが出来たんだものっ!
ケニアでの1年、ボツワナでの6ヶ月、そして大学を卒業してから職探しで訪れたレソト、南ア、ボツワナ、ジンバブエ、ザンビア。そして25歳で単独でナイロビ大学獣医学部へ入るまでのあすかさんの自分探しの旅の記録へようこそ!
「晴れときどき、サバンナ ・私のアフリカ一人歩き・」
滝田明日香(著)二見書房

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内容(「BOOK」データベースより)
アフリカで生きてみて、ようやく見つけた私の人生。きれいだけど、汚い。美しいけれども、残酷。親切にされるけど、騙される。約束してくれるけど、時間厳守ではない。アフリカは、決して一言では語れない。
内容(「MARC」データベースより)
ケニアで初めて野生の象を見て、キリンの干し肉を食べた。ボツワナでは白魔術で人生を占ってもらった。レソトで中華レストランの屋根裏部屋に居候し、ザンビアまで仕事探しの放浪生活…。自分探しの旅の記録。





