獣の女医 in アフリカ

8月8日

今日の夜は、なんかすごいことがあった。お誕生日会に呼ばれて出かけていたんだけど、そこの家から帰ってくる最中、反対側で車が事故を起こしていた。前方が壊れた車が停まっていて、その前で大きな声で「誰か、この人を運ぶのを手伝ってくれ!」と叫ぶ男の人が、倒れた男の人を抱きかかえていた。横にはひっくり返った人力車があり、男の頭からは血が流れている。時間は夜10時半。8時を過ぎたら、車を襲われる危険があるので信号でも停まる人はいない町、ナイロビ。夜間に車を止める人なんて、誰もいない。何台もの車が倒れた人を横目で見ながら、通り過ぎていく。私も人が倒れているなと思いながらも、こんな夜更けに車を降りるなんて危険なことはしたくなかったので、そのまま通り過ぎるところだった。

事故現場の横に来た時、意識がない男を抱きかかえながら「お願いだから、誰か助けてくれ!」と叫んでいる男と目が合ったので、窓を開けて聞いてみた。「病院に運ぶのを手伝って欲しいの?」。すると彼は、「病院には私の車で連れていく。私一人では車に彼を乗せられない。助けて欲しい」と言った。引き逃げが結構多いケニアで、ちゃんと自分の車で被害者を病院に連れて行くというのは、珍しい。手伝ってあげようかと思ったが、こんな時間に車を止めて外に出ることの心配が頭をよぎった。事故やヒッチハイクの真似事で車を止めたりは、よくある話だから。誰もが自分の身の安全を心配して、他の車も止まる気配はない。覚悟を決めて、車から降りてみた。ぐったりと倒れた男の頭からは血が出ていて、目は開いているけど視点が合っていない。この人を引いたと思われる運転手は、「どうすれば・・・」と、パニック状態になっている。

「頭を打っていて変に動かさない方がいいから、担架に使えるような布はないの?」と聞くと、急いで彼は自分の車のシートから布を取って持ってきた。頭が混乱していて自分で行動に移せないようなので、車の後部座席に怪我人を乗れるスペースを作るように言った。そして、意識不明の男の下に布を引き、どうにか頭を動かさないように持ち上げれるように固定してあげた。気がつくと回りに何人かの男の人がいて、「持ち上げるのは俺らがやる」と言ってきた。最初は事故現場で停まった車は私のだけだったが、道路を見ると私の車の回りに3台の車が停まっていた。ムズングが止まったのを見て、安心してケニア人も車を停めたのだろうか。みんなに怪我人を車に乗せてもらうと、事故を起こしてしまった運転手は、何度もお礼を言いながら病院の方面に車を走らせて行った。

家に帰ってから自分の行動を振り返ってみて、非常に複雑な気分になった。倒れていた彼があれからどうなったのかは分からないけど、怪我人を助けてあげたということはいいことだと思う。でも、夜間に車を降りるのはどう考えてもバカなことをしたとしか思えない。無事だったから良かったようなもの、事故の真似事をして車を停めてカージャックするケースだって十分に考えられる。友達も「血だって偽物かどうかなんて分からないからね・・・」と心配してくれた。現にそういうことがしょっちゅう起きるからこそ、ケニア人は誰も停まらなかったのだから。自分の身を守ることに必死になっているうちに、いつの間にか人助けさえもリスクが大きくなってしまっている。だから、薄情とは言い切れない何かがある。人と人とのつながりを大切にしているアフリカの文化が、いろいろな厳しい現実のせいで、だんだん消えつつある。ジェーンにこの話をしたら、

「バハティ・ンバヤ・・・・、マイシャ・ニ・ングム。(運が悪いわね・・・、人生は厳しいのよ)」

そして、「ウシ・シマミシャ・ガリ・ウシク・テナ(次は夜には車を止めちゃだめだからね)」と注意された。無事にそこを切り抜けたから「いいことをした」と言えるが、これでカージャックされていたら、みんなに「バカなことをした」と言われるだけだろう。だから、自分がいいことしたのか、バカなことしたのか分からない。今回は、たまたま叫んでいる男と目が合ったから夜間でも車を止めて怪我人を助けた。でも、次に同じようなことがあったら、同じ行動を取るかどうかは正直分からないというのが本音。なんか考えさせられてしまう夜だった・・・。