獣の女医 in アフリカ
2月26日

朝の9時に家を出たのに、マラに着いたのは夜8時半・・・。ナロック、キシー、キリゴリス、ロルゴリアン、マラってルートだったんだけど、他の道が乾いていたら帰りは絶対にこのルートで帰りたくない。道が悪すぎる!サイテーな道だ。いつものルートの方が全然いいわ。

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ピーターの「ヒィ・バラバラ・二・ムゴンジョワ」(この道は病気だ)って言うのには、大いに同感。

マラは2−3日雨が降っていなかったらしいんだけど、昨日の夜からまた雨が降り出したらしい。今日も、午後から大雨。キチュワの橋が流れていて、車が川越しているポイントも氾濫。キチュワの車も河の真ん中で水がエンジンに入って、エンストしてた。川岸でキチュワの人たちと水かさが低くなるの待ってたけど、全然そんな気配がないので、今晩はキチュワに泊まることにした。車を向こう岸に止めておいて、歩いて河を渡ってキチュワに着いたのは、夜9時。ほぼノンストップドライビング12時間っすよ。めちゃくちゃ疲れた、腰が曲がりそう・・・。

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夜中に氾濫した川から車をトーイングする。



2月25日

英語のブログの写真整理などしてて、目がチカチカする。でも、このアフリカ独り言は日課なので、更新するのじゃ〜。明日から、念願のマラです!寄付してくださった方、どうもありがとうございます。マサイの犬の狂犬病ワクチンを打ちに行ってきます。道が乾いたらしいけど、いつもと違う道を使うので、マサイ友達のピーターとナロックで合流する予定。明日の朝にナロックに着く為、ピーターは、もうマラを出たみたい。今朝からジャンジャン電話がかかってきてる。

「今、ロルゴリアンだ!神様が許せば、明日の朝、ナロックで会おう!」
「そっか、分かった。ありがとう!」

そして、1時間後。

「今、キリゴリスだ!神様が許せば、明日の朝、ナロックで会おう!」
「もうキリゴリスなんだ。じゃあ、明日、ナロックでね」

さらに2時間後。

「今、ミゴリだ!神様が許せば、明日の朝、ナロックで会おう!」
「・・・・・・・・・・」

って、いい加減にしろよ、おめぇ・・・。毎時間電話かけてくんなよ、まったく!(これ、ほとんどのマサイに共通してる)

追記

夜9時にまた携帯が鳴った。名前を見てみると、「ピーター」。電話取った瞬間に大声で、

「今、ナロックでしょっ??!!」

って、聞いてやった。

「なんで分かった・・・?」

って、アンタ、分かり安すぎだよ。



2月24日

英語のブログが立ち上がった〜!!うれしぃ〜、やっと自分で更新出来るようになったよ。はぁ、コンピューター嫌い・・・。しかし、こんなにメカオンチなのに、なんでこんなにいっぱいブログやってるんだ、私ゃ。とりあえず、去年の1月ぐらいからのエピソードを今アップ中。このサイトの寄付リンクは、まだこれからっす。サイトの名前は、

WILDLIFEDIRECT

なんでこんなにすごいプロジェクトやってる人たちの中で、おっぺけぺ〜獣医の私が入っているのか、よく分からんが・・・。コンゴでゴリラ保護している人のブログとか、密猟と戦ってるレンジャーだとか、なんだか偉いメンバーだよね。私一人だけ場違いなのではないの〜とか思ってしまうのは、気のせいかい・・・?



2月23日

昨日、夜中の4時半まで頑張ってたのに、英語のブログのプログラムの使い方、結局分からなかった。なので、コンピューターの神様Kさんの駆け込み寺へ・・・(毎回毎回すんません)。偶然にも駆け込み寺には、陸の孤島仲間のマライカさんも、コンピューター問題でやってきてた。で、何時間かお助けしてもらった後、実はめっちゃ初歩的な間違いだったことが発覚(しかも送られてきた説明文が悪かったから)。ガーン!なんだよ〜、どれだけ昨日苦労したと思ってんだ〜!



2月22日

英語のブログで使っているプログラムの使い方が分からんっ!!何回やっても、ちゃんと起動しない!ムカつく、夜中までやってるのにぃ〜〜・・・。



2月21日

ボツくらったので、書き直ししましたよ、全部!ちくしょ、疲れた・・・。目がチカチカする。

だずげぐでぇぇぇ〜〜〜〜・・・。

全然関係ないんだけど、おもしろいブログを発見。コンゴに住んでいるムズングのブログなんだけど、めちゃくちゃ大笑いしたよ。なんか自分の書いている漫才ケニア生活のコンゴ・バージョンみたいなやつ。コンゴ人のやることも、ケニア人と大して変わらないっぽいね。かなりおもしろおかしく書いてるんだけど、コンゴ人大好きなのが伝わってくるから嫌味なく読める。



2月20日

今まで書いていた英語ブログの文、いきなり、ボツくらいました・・・。理由は、「長すぎる」だって、トホホ・・・(涙)。日本語で書いたものを訳したんだけどね、もう少し短く直して欲しいそう。まじかい、また書き直しかい。そんな簡単なのでいいなら、最初っから言ってくれよ〜。雨少しやんだらしいので日曜にはマラに行こうと思っていたのに、それまでに終わるかしらね・・・。

部屋でコンピューターに向かっていると、ジェーンが「ゲートにどこかのおばさんが物を売りに来ているんだけど、買うかって聞いてる」。物売り?どうせろくなもんじゃないっしょ。一応、「何売ってんの?」と聞いてみると、

「アナ・ウザ・ワイン・ナ・パンティー」(ワインとパンティーを売ってる)

どぉ〜いう商品コンビーネーションじゃっ?!新しいパンツとワインを購入って、まるでバレンタインにチョコと新しい勝負パンツを買う女みたいだぞ・・・。そして、「パンティー・カマ・ヒィー」(こういうパンティー)って、目がつぶれそうな真っ赤なパンツを見せるジェーン。そんな派手なパンツは、穿きませんっ!!(泣) っていうか、私のケニア生活は、漫才かいっ?!



2月19日

抗争が起きているジェーンの実家の現状。なんか、悪化しているっぽい。青年を殺した犯人探しの為、警察がほとんどの村人を容疑者として逮捕して牢屋に入れているとか。そして、姪っ子アリスのお兄さんやら、彼女の子供まで牢屋に入れられたと連絡が入った。それ聞いて、アリス、気絶。なぜ、子供まで?って感じ。しかも、もう一度よく話を聞いてみると、殺されたのは牛泥棒の一人らしい。最初言ってたことと、全然違うじゃんかいっ!私のスワヒリ語の理解能力を疑われるじゃんよ。でも、絶対に私の解釈の仕方は間違っていないはず。

ジ 「キジャーナ・ユレ・アリクワ・アナ・ペレカ・ンゴンベ、アリ・ウアーア」(牛を連れて(異動させて)いた青年が殺された) 

これは、放牧中の青年だろ、どう考えても。この文章から、「牛を盗んで逃げていた牛泥棒が殺された」と解釈するには、説明が足りなさ過ぎでしょう。ちゃんと、「ムィジ・ヤ・ンゴンベ・アリ・ウアーア」(牛泥棒が殺された)と言わなきゃ、ただの放牧の青年じゃん。それにしても、なんで泥棒が殺されて、村の子供までが牢屋に入れられるのか、理解不明。っていうか、泥棒なんかどうでもいいじゃん。だって、泥棒よ、泥棒。タウンなんかじゃ警察が何もしないから、市民が投石で泥棒成敗してるし(モブ・ジャスティス)。善良な市民を殺した犯人探しならまだしも、なんで人殺して物盗んでいく泥棒の肩入れしているのか、よく分からない。この国で、どれだけの善良市民が泥棒に殺されていると思ってるんだい。この国にジャスティスはあるのか〜??



2月18日

今日は、かなりショック。獣医友達のギタリに、知り合いの獣医さんが亡くなっていたと聞かされた。馬の獣医さんで、ジョッキー、トレーナー、馬主さんもやっていたインド人の女の人なんだけど、半年以上前に死んじゃったんだって。まじびっくりしたよ。彼女の電話番号もまだ持ってたし。1年以上前に競馬のレース中に馬の衝突事故があって、ケニア人ジョッキーがその場で馬の下敷きになって死んで、後イギリス人ジョッキーが昏睡状態、そして、インド人ジョッキーの彼女が膝から下を複雑骨折したのね。骨の破片が元に戻せないぐらいひどい骨折で、external pin で足の長さだけ保たれていて、杖をついて歩いていたのを覚えている。インドや南アで何度も手術受けているとは聞いていたけど、いきなり死んだなんて聞かされて、ホント、驚いた。南アでの手術で、術後に骨髄が感染したとか。それで、足を切るとか切らないとかもめていて、切らなかったら死んでしまったらしい。本人が足を切るのを拒否したのか家族が拒否したのかは、よく分からないそう。ジョッキー生命にかけていた彼女。足を切るってことは二度とレースに出れないってことだから、大問題だったのかも。でも、足がなくたって馬に二度と乗れなくたって、生きていた方が良かったのに。まだ、35歳だよ、彼女。2年前ぐらいに大きな敷地を買って、自分の馬のリハビリ用のプールとか作っていたのとか噂では聞いていた。まだまだ人生いっぱいやることがあったのに。弾丸のようにまくし立てていた彼女の声が、もうナイロビレースコースでは聞こえないのかと思うと、まだ信じられない。心から馬を愛していた彼女の冥福を祈ります。



2月17日

ジェーンのウェスタン地方の実家(なぜか遊牧民のカレンジンなのに実家はウェスタン)で、なにやら抗争が起きているらしいです。放牧に出ていた(やっぱ遊牧民)青年が銃殺されて、その死体はどっかに隠されて見つからないとか。なので、若者みんなが、死体探しと犯人探しで武器持ってうろついてるそう。カレンジンのナンディーってマサイに限りなく近いんだよね。去年のマサイランドでも同じようなことあったじゃん。実家の周りでは、いろんな家が荒らされて、家とかも壊されてるっぽい。「子供は大丈夫なの?」と聞いてみると、「親戚に言って、子供たちを非難させるように頼んだ」と言う。大変だな・・・。「ナンディーはマサイに似ている行動をするよね」と言うと、「シンディオ・シィシィ・バド・ニ・プリミティブ」(そうよ、うちらはまだ原始的だから)って、ジェーンさん。自分で言わんでも、え〜から。っていうか、こっちがコメントに困るっしょ・・・。



2月16日

今、セレナからオロロロ・ゲートの道が完全封鎖らしい。私の検死道具、余った薬品、寝袋とマットレス、全部セレナ敷地内のコンサーバンシーのオフィスにあるんだけどな〜(泣)。道が封鎖されると、セレナ・オロロロ間には4キロほどの湿地帯を突っ切っていくレンジャーなどが使うショートカットがあるのね。「ショートカットは、どうですか?」と聞いてみると、ボスが「The area is a swamp now. You can try if you want to sleep in the bush」。ぬ、沼・・・?いや、いいです・・・。トランスマラに来る観光客は、セスナでロッジに飛んで、ロッジ近辺をグルグルとゲームドライブして帰っていくそう。セレナなんて、セレナロッジの滑走路に到着して、セレナが建っている丘の周りを回るだけだって。つまんねっ!あの丘の周りだけじゃ肉食獣見れないっしょ。かわいそうだな、観光客・・・。友達も、こないだマラに送った客から超ブーイングが来たらしい。「うちらは、最初っからマラは雨で最悪だって言ってたのに。お客さんが無理して行きたいって言うから送ったのに、後でうちらに文句言うなんてひどい・・・」と、泣いてましたわ。スタックして何日もかけて行くならいいけど、帰りの飛行機の予定がある観光客は無理はしない方がいいと思う・・・。



2月15日

めっちゃ久しぶりにアニマルシェルターに行ってきた。例のビザ問題起こしたアルメニア人の家から引き取られた犬たちが、まだいましたよ。まだケースが終わってないから、シェルターで預かってるらしい。どう見ても血統書付きのいい犬ばかり。ドーベルマン(チョコレートカラー)、ロットワイラー、ジャーマンシェパード、そして、南アのBoerboel (カタカナでどうやって発音していいのか分からん)。アフリカでは有名だけど、あまり日本とかじゃ知られてない犬種なんじゃないかな。

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南アで、1652年から繁殖されている犬種。ブルドッグ、グレートデン、セントバーナード、ブルテリアなどが混ざって作られた犬種。たぶん、マスチフも入ってると思われる。オスは、76キロぐらいにまでなって、頭がめちゃくちゃごっつい。「2本足の敵や4本足の敵に対応するために作られたガード犬」とのコメントが。4本足・・・。ヒョウとかライオンとかっすね。でかい訳じゃ。南アでは多く見られるようだが、ケニアではあんまりいない。

ケニアで多いのは、南アのお隣さんのジンバブエ(元ローデシア)で作られた犬種、ローデシアン・リッジバック。ライオン狩りの為に作られた勇敢な犬種です。オスの体重は40キロ前後。グレートデンよりちょっと小さいぐらい。ケニアでは、ガード犬としてローデシアン・リッジバックとグレートデンをかけるのが多い。ローデシアン・リッジバックの獰猛さと、グレートデンの大きさをゲットして、最強ガード犬を作るために。後、ドーベルマンとロットワイラーをかけるのも多いね。ドーベルマンの獰猛さと、ロットワイラーのごっつさ&勇敢さをミックスして、うちのムサシのような最強犬が出来上がります。後、ナイバシャのバラ農園で白人が、セントバーナードとロットワイラーかけて売ってる。セントバーナード並みの80キロのロットワイラー。化け物としかいいようがない。マトレのクリニックに来た時、暴れるととんでもないことになってたし。ケニアで一番はやりそうもない犬種って、チワワとかだよね。見たこともない。っていうか、誰もそんな犬欲しがらない。うちのレイちゃんにだってやられるだろうし、ケニアのネズミ大きいからネズミにだってやられそう・・・(モンバサなどでは、「パンニャ・ブク」と呼ばれる猫サイズのネズミがいて、よく猫と格闘してる)。



2月14日

二日前からHPのカウンターが作動しています。まぁ、身内と知り合いぐらいしか読んでいないでしょ〜などと勝手に思っていたのですが、二日で700人以上もこのHPを読んでくれているのには、正直びっくり。そんな大人数に自分のアホ話を暴露しているのね〜、私ったら・・・(汗)。

今日は、世間ではバレンタインらしい。まぁ、みなさん、黒い肌に赤がお似合いだこと。アフリカ人って、ホント、原色が似合うよね。やっぱ、東洋人が原色着ても、なんか似合わないもんな〜。でも、反対にアフリカ人は淡い色とか似合わないっす。淡いブルーとか、淡いピンクとか、似合わね〜。東洋人が真っ赤な服着るのぐらい似合わないかも。肌の色と洋服の色って、いろいろ組み合わせがあるのね。



2月13日

英語のブログの文章、やっと45ページ終わった。まだ後少し残ってるので、明日には終わらせたい。月曜日にマラに行こうと予定していて、日曜のうちにマサイ友達にナロックまで出てきて合流してもらおうと思っていたのね。そしたら、今日、ボスが電話かかってきて、「ずっと雨がやまなくて、ものすごい濡れてるよ。車で来るのはちょっと待った方がいい」とのこと。そして、昨日、オロロロ・ゲートにバイロードでお客さんを送った友達が、「うちの車、ナクルを朝出て、マラに着いたの夜中の1時やったって。まじで、道は最悪だし、ドロドロやで。今週はマラ行くの、絶対にやめとき〜な」と、みんなにマラ行きはやめろって言われております。そして、変な夢まで見た。車を事故って、大破した夢・・・。そして、その嫌〜な夢を見た後で起きた途端、うちの目の前でトラックが大きな音をたてて事故った。不吉過ぎる!なんか、怖くなって来たわ。みんながみんな無理と言うんだから、やめよっと。っていうか、アフリカでの長距離移動は、安全第一のプランでいかないとホントに危険だからね。ブッシュ経験30年のボスが危険だって言うんだから、やめた方がいいと思う。もう薬とか用意しちゃったけど、仕方がない。今週は雨の様子見て、来週末ぐらいの出発に変更します。



2月12日

ボスの紹介でやることになった、イギリスとアメリカのファンド集めのサイトでの診療プロジェクトの紹介。イギリスのCEOから、「診療の様子をブログで書いてください。そこからリンクでプロジェクトに必要なものを読者が寄付出来る形になります」とのメールをいただいた。なぬっ?!え、英語のブログ・・・?今まで日本語で書き溜めたブログも、英語に訳して載せて欲しいとのこと。私の日本語ブログって結構な量なんだけど・・・。う〜、もうブログ2つもやってるのに、さらにまた一つ増えるの?しかも、そのサイトを始めた人を見たら、「リチャード・リーキー」などという、ど偉いお方のお名前がっ!リーキーさんのサイトなのっ?!私の書いた文章が、天下のリーキーさんの目にとまるわけ・・・?ど〜しましょ。やばい、文法間違ってたら、かなりの恥だ・・・(涙)。お、弟に文法の最終チェック頼もうかしら・・・(弟は大学でジャーナリズム専攻)。つい最近、「ブログとかは、日本語でしか書けない」って言ってたよねぇ。理系の専門用語いっぱいのお堅い文章書くのは出来るけど、文系の人のような読者に読みやすい文学的な文章は書けないんだよぉ〜。昔、父親にいつも「ちゃんとした小説読め!」と言われていたのに、専門書やらサイエンスジャーナルばっか読んでいたのが、今になって自分に返ってきたわ・・・。

まだ英語のブログを終わらせてからじゃないと、はっきりした日にちは分からないんだけど、日曜か月曜にマラに行くかも。また狂犬病が出たとマラから電話がかかってきた。マサイ友達のピーターがマラから電話をかけてきたので、彼にナイロビに来てもらって一緒に行ってもらおうかと思ってる。じゃないと、どの道が浸水しているか分からないから、いつものように一人で運転していけない。電話で、「牛8頭やるから、結婚してくれ」って、おい・・・。アンタ、もう奥さん2人もいるじゃんよ。しかも、どっちも私の知り合いだし。外人と友達になると、すぐ求愛しちゃうケニア人(得にマサイ)。「あっはっは〜」と、いつも適当に誤魔化して、会話を変える私。っていうか、マラに行くと、いっつも誰かに「第二婦人になってくれ」とか、「第三婦人になってくれ」とか絶対に求愛されるからな〜。よく使う断り文句は、「あなたもマサイの第一婦人がいて、外人の第二婦人が欲しいんでしょ。私も、日本人の第一夫が欲しいから、第二夫なら開いてるよ」。第二夫なんて、男のプライドが許さないから、う〜ん・・・と考え込んで、「残念だけど、それは出来ない」と向こうからお断りしてくれます。



2月11日

21歳で生まれて初めてアフリカに来て、その時のことを書いた本、「晴れときどき、サバンナ」(2000年出版)。アフリカ本は売れないというジンクスの通り、絶版になった本です(笑)。→自分の手元にさえ、たった2冊しか残っていないし。そんな幻の本(?)が、7年の月日を越え、また世の光を見ることにっ!2月9日に「晴れときどき、サバンナ」が幻冬舎さんから、文庫本になりました!

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あすかさんは、「文明社会への復帰不可能」らしい・・・。

しかし、著者は本が出たことも知らず、友達からの「文庫セクションにあったよ」というメールで、初めて店頭に並んでいたのを知る・・・(笑)。そして、前回は私が描いたアフリカ動物の表紙だったが、今回はサバンナを見下ろすマサイの勇敢な後姿。「サバンナを見つめ何を思う、マサイ?」ってなコメントでもつけたいところだが、実は写真のモデルは、マラで有名なアル中のオヤジ・・・(爆)。ただラリって焦点も合わずサバンナをボーっと見ているだけなのだが、それは、ここだけの話。



2月10日

夜遅くまで企画書の書き直しをしていたけど、気がついたら寝てしまった・・・(泣)。朝7時にビービーッ!!とゲートで車のホーンが鳴り、いきなりペンキ塗るフンディが来た。寝ぼけてる私に、「壁のペンキと床のバーニッシュを塗るから、家から出てくれ」。え、え〜、朝の7時からいったいどこに行けばいいのよ。終わらせないといけない書類もあるのに。仕方ないので、庭に机を運んで、部屋の窓からエクステンションつないで、お外で企画書の続き。うぅ〜、私がいったい何をしたって言うんだよぉ〜。何が悲しくて、庭で書類書かなければいけないんだ・・・。でも、家の中入るとシンナー臭くて頭痛くなるし、他にチョイスなし。でも、朝早くたたき起こされたおかげで、約束の午前中に書き終わった。土曜日にマラの人間がナイロビに来るので、日曜日にファンド集めのミーティングの予定。それまでにその団体宛の企画書も書かないと。団体によってやりたいことが違うので、企画書もそれにあわせてスタイル変えないといけないので、面倒くさいわ。「明日までに10ページの企画書書いてきて」と言われて、「面倒くせ〜」と文句を言いながらも英語で企画書が書けるのは、アメリカ教育に感謝かも。しかし、日本語で企画書を・・・とか言われると、最初英語で書いてから、それを英和辞書引きながら日本語訳するので、かえって時間かかる。専門系は英語の方が楽だけど、ブログとか本とかは日本語の方がスラスラ書ける。どっちも出来るようになればいいじゃんと言われればそうなんだけど、なぜかそうやって分かれてしまう私の書く能力・・・。



2月9日

去年1年は、つくづく人と違った人生を歩むこと、自分のやりたいと思うことを正式に許可をもらってやろうとすること、そして、外国に一人で住むということ、などにハードルを感じる年だったと思う。まず、今のボスの前、ある人に「私の力がなければ、君は絶対にビザを取るのは無理だ」と言われ、その人に頼むことになったんだけど、その後、人間的に卑劣なことされた。その卑劣な行為を拒否したら、結果、そいつにビザを取るのを邪魔されることになってしまった。それがなかったら、もう半年ぐらい前に取れていたはずだったのに。その人もマサイマラで何かやりたかったっぽいから、最初から私の存在がうっとおしかったのかもしれないと今になって思う。ビザを諦めたら、そいつに負けを認めることになると思って、ひたすら頑張っていたわけ。権力を使って人を陥れるなんて、絶対に許さない。でも、仕返しなんかするのは自分のレベルを落とすことだから、絶対にしない。卑怯な人の力なんか借りないでも、この国で生き残ってやると心に誓って、どんなに悲しくてもむなしくても、正当な道で通してきた。今のボスとコンサーバンシーのマサイたちが頑張ってサポートしてくれたから、ビザが下りた。却下されたアプリケーションも再度プッシュしてくれたし、彼らのサポートがなかったら、負けていたかもしれない。

正直なところ、親に「ここまでしてケニアに残る必要があるのか分からなくなってきた」と相談したこともあった。母に、「じゃあ、ケニアをやめて、どっか違う国に移れば?」と言われ、悩んだあげく、やっぱりマラが大好きでそこに関わっていきたいと再確認した。でも、実際は書類がうまくいかなかったりで、毎日悩んでドーンと落ちて、また自分を励ましての繰り返しだった。やりたいプロジェクトははっきりしているけど、それが進まなくて、おまけにビザが下りないからケニアでの収入がなくて、お先真っ暗ってな状態。収入って言ったら、日本で出している本や雑誌の記事書き、日本を通した通訳のみ。寄付をもらっても全部マサイに使ってるし、時には実費でマラに行ってたし、マラに行くと自分の車は壊れるし。「いったいどうしてここまでマラに拘るのか、自分の生活ボロボロじゃん」、「マサイの生活向上する前に、マサイと共に共倒れしてしまう」とか、時々思ったよね。アフリカ長い友達に「アフリカで本当に人の為になるようなこと、自分のやりたいことをしたいなら、最初は金銭的に苦しむよ」と言われたけど、まさにそう。適当に許可とかごまかしてやったらどんなに楽だったかと思うけど、性格的にそういう詐欺っぽいことは出来ない。自分に嘘がつけない、というか、そういう道に入ったら自分が嫌いになるし。正当な道を進もうとしたら、ビザ取得まで準備期間を入れたら、1年半もかかってしまった。

正直言って、ビザを取るのは一番大きな壁だった。下手するとケニアにいられなくなるからね、死活問題っすよ。今、その壁が越えられたけど、またさらに新しい壁がドーンと立ちはだかってます。1年半前にプロジェクトをファンドしてくれるという団体もいたんだけど、ビザ取るまで正式に団体からファンド取れないので、待って欲しいと頼んでいたら、時間がかかりすぎて、その話はなくなってしまった・・・(涙)。そりゃそうだよね、1年半も待たされていたら、愛想尽かすよね。向こうの事情は分かるんだけど、ケニアの事情が事情だから仕方がなかったんだよ〜と言っても、もう遅い。また一からファンド集めに戻ってしまいました。ボスが違う保護団体に寄付のアプライをしてくれたんだけど、今日のミーティングでプロジェクトプロポーザルを4月の団体協議会(また協議会!)にかけるから、と言われた。4月までは私が集めたファンドと、こっちの現地で集めたファンドでやって欲しいとのこと。私の集めたのなんて、2週間ぐらいしかマラに行けないかも・・・。おかげで、今晩中に現地のファンド集めしてくれる団体とか3箇所に企画書を書き直しして提出しなきゃいかん。ビザのせいで正式に動けなかったとはいえ、また新しい壁が・・・。おまけに、プロジェクトの資金は集めることは出来ても、生活費が出ないので、辛い・・・。日本国籍の人間が日本で暮らしていれば、簡単にバイトが出来るけど、こっちじゃ無理だからね。また日本の雑誌の記事とか通訳とかやらないといかんわ。私だけだったらどうにか暮らしていけるけど、うちの毛むくじゃらの子供たちもサポートしなければいかんから大変だよ。正式なファンド取ってプロジェクト軌道に乗せるまで、獣医活動をやるのに他のことをして生活費を稼がなければいけないんだもん・・・。

HP経由のメールで、「夢を追いたい」とか、「自分の本当に好きなことをしたい」とか、「アフリカで仕事をしたい」というのがあるけど、こういう現実を知った上で、本当にそう思うのだろうかとか思ってしまう。夢を追うことって、聞いただけだといいなとか思うかもしれない。でも、普通より苦労すること、自分を信じて物事を貫く勇気がいること、他人の意見に左右されない強さが必要なこと、理解者が少なく孤独になること、安定な生活とかをもてないリスクが大きいこと、などがつきもの。少なくともケニアでちゃんとした道で自分のしたいことをしている人は、みんな生活苦しいし、外国でやっていくという上でのいろいろな苦労や経験をしている。自分のやりたいことをするのに他で稼いでつぎ込んでいるとか、多いよね。友達も、アフリカ原種の植物を守るプロジェクトやってるけど、ツアーガイドとかして生活費稼いでるもんな〜。彼女も女一人でずっと頑張ってきた人で、本当はすごく苦労していると思うけど、いつも笑顔いっぱいで素敵な人。「あすかちゃんはアフリカのみんなやアフリカの神様に愛されているから、絶対に大丈夫だよ!」とか言ってくれたりして、いつも勇気をもらってる。彼女も本当にアフリカを愛しているんだよね。そして、「トゥナ・ペンダ・イェイェ・サナ!」(私たちは彼女のことが大好きだ!)と誰からも言われ、アフリカのみんなに愛されているし(彼女のことを悪く言う人間には会ったことがない)。みんな、いろんなことがあっても、アフリカ大好きだから、ずっとこっちでいろんなことをやっていってるんだよね。いっぱい壁にぶち当たって、悔しくて大声上げて泣いて、やっぱり、アフリカが大好きなの。私もそんな人の一人。だから、どんな壁が立ちふさがっても、諦めないし、戦うのをやめない。プロジェクト起動に乗せる以外にも、ず〜っと心に抱いていた夢もあるしね!(自給自足生活も) ジタバタするのは格好悪いとは、思わない。頑張って、道を開こうとしているのなら。一番みっともないのは、何もしないで「こうすれば良かった」と後悔することだと思うから。まぁ、ジタバタするのがみっともないと思ってたら、とっくのとうにアフリカを去ってるでしょうね・・・。



2月8日

今週の協議会で、私の書類が通ったそうです。通るまでは絶対に公けに出来なかったんだけど、何の協議会かって、労働ビザの協議会だったのね。今までコンサーバンシーのプロジェクトとして活動許可などをもらっていたけど、ボスがコンサーバンシーで労働ビザを出してあげると言われて、その手続きをずっとやっていたわけ。

ケニアで働きたいという人は多いけど、去年からケニアで外国人が労働ビザを取得するのは不可能に近いほど難しくなっています。去年の3月にアプライした日本人も、まだ取れていないとか。友達でケニアに25年以上いる人も、ビザが取れなくなって観光ビザに落とされてしまったっす(25年間で初めてだって、こんなこと)。私は4月から始めたんだけど、最初はコンサーバンシーのお偉いさんたちのボードミーティングなどにかけられていて、実際に書類がイミグレに入ったのが8月。そして、一度書類がなくなった。後で知ったんだけど、このときに書類がなくされた人は、私だけじゃなかったみたい。ちょっと前に労働ビザを使って麻薬や銃器密輸などをやっていたアルメニア人が捕まったんだけど、そのアルメニア人に労働ビザを出したお偉いさんが首になり、彼の時代に提出されたファイルはなくされるか、そのまま手のつけられないまま山積みにされていたらしい。よって、ビザ申請が半年以上の遅れを取り、さらに今年になってビザ代を値上がりするから、去年の時点でアプライされた人は却下されるか、1年しかもらえなかったらしい(通常は2年なのに)。今年に入ってしまえば、多額のビザ代になるから(相変わらず、やることがこすいぜ、ケニア)。私のも、書類がなくなった後、さらに1月に却下されてたみたい。なぜなら、私のカテゴリーは普通の人じゃなくて、ちょっと特殊なカテゴリーだから審査が厳しいんだと。友達にも、「あすかちゃんのアプライしたカテゴリーは、今まで日本人でゲットできた人いないよね」とか言われたりしていたので、相当難しいカテゴリーだったらしい。

いや〜、一時は不可能かもとか思っていたけど、我慢して頑張って良かった・・・。すべてオフィシャルにして、誰からも文句言われない立場でマラでやっていくのは、有名な場所だけに至難の技。なんか外国人で許可取りもちゃんとしないでごちゃごちゃ内緒でやってる人もけど、私は大好きなマラに関わっていくんだから、どんなに時間がかかっても、ちゃんとした道でやっていきたい。大きな壁は越えられたけど、明日はミーティングだし、まだまだポレポレ。(続く)



2月7日

床を掘り返したまま、フンディが消えました(おいっ!)。ババァめ、家の修理拒否か・・・?ずっと待っている時間はないので、朝一番に昨日蒸かしたサツマイモを天日に干してから、タウンに向かう、私。そう、干しイモ作るのにトライしてんの。朝早くから、せっせと切ったイモを金網に並べている私の姿を見て、ジェーンは、「なぜイモを干しているの・・・?」と不思議顔。週末は、もち米を砕いたのを天日干しして、白玉粉作ってたからね(作っただけで満足して、冷凍庫へ入れた)。いったいぜんたい、次は何を干しだすのか、ドキドキしちゃってるみたい。「これがうまくいったら、次はベーコンやハムもトライするわよ!肉も干すわよ!」と言うと、ヒィエーー!とまた雄たけびを上げる、ジェーン。干す食べ物以外にも、チーズも自分で作ってみたい(しかし、こっちでのレンネットの入手先が分からん)。私の密かな夢、それは、自給自足の暮らし。そして、自分で日本食(というか日本食材)が作れるようになりたい。「そんなもん作れないよ」とか言われると、なおさら作りたくなってしまう天邪鬼な性格のせいで、いろんなものにチャレンジしてます(なんか一人でごちゃごちゃやってんの大好きなんだよね、昔から)。そんな訳で、ヘトヘトになってタウンから帰ってきても、夕方から、生まれて初めての手打ちうどんにトライ。足でうどんの生地を踏む私を見て、ジェーン、さらに絶句。「ミグー・シ・オ・サワ・クゥワ・キラ・ムトゥ・・・」(足は人それぞれ違う)→汗っかきの足や臭い足もあると言いたいらしい。素足で踏んでないわよ!できばえは、う〜ん・・・。味とコシは悪くないが、太く切りすぎた・・・(涙)。後何回か練習しなきゃ、ダメだわ。今週末の課題の手作り豆腐の前にうどんマスターしなきゃ。

この2年ぐらい、物を買ってゴミが出るものは出来るだけ買わないようにしてる(プラスチックとかじゃなくて、再利用できる袋とかに入っているものか燃やせるものだけ)。そして、前々から葛藤していたシャンプーとリンスのプラスチックボトル廃止。先週からやめました。石鹸でシャンプー、そして、りんご酢でリンスに替えました。まともなシャンプーとかリンスとか高いんだもん。ちょっと安いの買うと、髪の毛がガシガシになるし。前々からお酢でリンス出来るのは知っていたけど、「お酢ぅ〜?!」とか思ってトライしたことなかったんだよね。でも、先週初めてトライして、下手なリンスより乾いた時に髪の毛がサラサラになることを発見。そして、ドライハーブとか入れておくとお酢臭くもない。そして、シャンプーの石鹸も手作りです。「お風呂場になんでビネガーが置いてあるの・・・?」と、ジェーンは、またまたドキドキ。物に頼らない生活がしたいからねぇ、どんどんいろんなものを自分で作れるようになりたい。最近の私の愛読書、「おばあちゃんの知恵袋〜日本の暮らしの知恵〜」です(笑)。→「あなた、人の本、ケニアに持ってったでしょ!」と母から文句言われた。すばらしい知恵、いっぱいです。日本のおばあちゃん、天才!知恵袋、万歳!三十路通りこして、すっかりばあさん気分・・・。



2月6日

床をつぎはぎ中のフンディたち。今日は、「サンディング・マシーンが来なかった」と、ほとんど家の中の床仕事は進まなかったよう。夕方疲れてタウンから帰ってくると、台所の外のベランダみたいな場所のコンクリートの床が新しくなってた(水を流す傾斜がないので、水はけがめっちゃ悪かった場所。おかげで、家が浸水した)。そして、フンディが帰って、コンクリートが固まらないうちに、ヤマトがその上をチョコチョコ・・・。がぁっ!やめんかい、新しい床に犬の足跡がっ!やばい、ババァに怒られる・・・。

昨日は、フンディが来ていたので、一日中トイレに閉じ込められていたニャン子たち。ストレス溜まりまくっていたのか、夜になってエネルギー炸裂。ノンストップ、追いかけっこ&じゃれ合いが、1時間以上続く。ベッドルームの工事で追い出され、居間の床で寝ている、私。ものすごい勢いで飛び回っている猫たちに身の危険を感じたわ(ヤマトたちもめっちゃ迷惑そうだった)。そのエネルギーはどこからくるのっ?!と思ったら、その後すぐにスイッチが切れたように爆睡する猫たち。いったいなんなんだ、君たちは・・・。やかましいので、今日はニャン子たちは、客間に閉じ込めておくことにしたよ(暴れずに静かにベットで寝てたっぽい)。

異常気象(大雨)により、ケニアで猛威を振るっているリフトバレー熱。家畜も人間もバタバタ死んでおります。バリンゴ地区では、38人が死んだそう。昨日、タウンのオフィスで、「オレは、バリンゴのリフトバレー熱アウトブレークで生き残った人間だ」っていうバリンゴ・マサイに会った。う〜ん、リフトバレー熱って、牛は蚊からうつるけど、人間は感染した動物の体液でうつるからね。トランスマラとかナロックのマサイランドに進出したら、大変だよ。病気で牛が死んだら、食うからね、彼ら。「絶対に危ないから、焼くか埋めて」って言っても、私がいなくなったら、やばそうな臓器を切り取って捨てて、残りは内緒で食べてるもんな。炭素菌で死んだ牛さえも・・・(ホント)。私の友達も、実際に炭素菌の肉食べて、なんか顔が半分麻痺してるし。リフトバレー熱で死んだ牛も、当然内緒で食べちゃうのが、目に見えるよう。お願い、トランスマラに来ないでね、リフトバレー熱!



2月5日

朝一番から、大家のフンディたちがやってきた。大家のババァも来ていて、こないだとはうって変わって、「ハバリ・ヤーコ?」なんて笑顔で挨拶なんてしてきた(大喧嘩してもいつもそう)。私はタウンに行かなければいけないので、ジェーンに家のことを任せて、さっさと退散。そして、タウンでは、20階のオフィスに行かなければいけないのに、いきなり停電。エレベーターなしかいっ?!ってな訳で、階段で20階まで上がる(涙)。着いた時には、息ゼーゼーですよ。しばらく担当と話して、「また明日の朝に来て」と言われたので、家に帰ることに。

家に着くと、ジェーンが小声で、「セラミックタイルじゃなくて、木製タイルのつぎはぎしているけど・・・」って、またですかいっ?!こないだ持ってきたセラミックタイルは、いったい何の為だったのっ?!「トゥリ・アンビア・ナ・ママ」(ママにそうするように言われた)って、ババァ、また話を変えたか!家の中に入ってみると、またタイルのつぎはぎしてやがるわ。だ〜から〜、アスファルト道路だって家の床だって、地盤がおかしいのに上からつぎはぎしたって何もならないってのに・・・(ため息)。「今度は手で紙やすりかけるんじゃなくて、サンディングマシーンかけるから大丈夫だ!」って、ホントかよ。こないだも、木製タイルをセメントでくっつけて、私が「絶対に剥がれる」って言っても、「大丈夫だ!」って言って、剥がれたじゃんよ・・・。何度も何度も適当な修理をやった方が、結果的にはお金かかるのに。ババァなんて土地持っててお金持ちなんだから、それぐらい理解してもいいはずだが、やっぱケニア人。先を見て何かをするってことは、難しいみたい。

「明日の朝に戻ってきてくれ」と言った担当も、午後3時半になって、「今すぐタウンに戻ってきてくれ」。頼むよ・・・、うちからタウンまで車で45分近くかかるんだからさぁ。そして、用事は10分で済み、「じゃ、また明日の朝ね」はないでしょう(涙)。だから、最初っからタウンで時間つぶしていてるからって言ったじゃん!そしたら、「そんな必要ないから家に帰れ」って、言ったくせに〜。



2月4日

日曜日は、うちのお犬さんたちのシャワー・デー。6匹の犬の体を洗い、爪を切り、耳掃除して、歯を磨く日。時間かかりすぎです。っていうか、犬が多すぎです・・・。今日は、前々からやろうと思っていた、犬の歯垢取りもやった。無料の歯垢取りだよ、感謝ものでしょう。まぁ、感謝どころか、麻酔も鎮静剤もなしで歯垢取られて、みんな大迷惑みたいだったけど。弱虫シノなんか、終わった後、夜まで私に近寄らなかったもんね(笑)。みんな、我慢して口を開けていてくれたのには、私が感謝です。暴れなかったので、あまり歯茎から血も出ないで終わったし。自分の犬だからね、いちいち鎮静剤なんか打ってられません。っていうか、うちの子たちには、虫下し以外は、ほとんど薬を使わない。自分もあまり薬飲まないし、薬に頼りっきりの犬にはしたくないからね。皮膚が荒れても、自然素材のクリームやオイル(私んだよ!)を使ったり、エサもなるべく栄養バランス良くしてるので(私用の野菜ジュースの絞りかすとか混ぜたり)、この5年ぐらい病気になった犬はいない(怪我は時々あったけど)。エサに気をつけているので、未だに化学製品アレルギーの猫たちも、米びつとかに侵入しないかぎり、下痢はしなくなったし(絶対に私よりいいもの食べてるよ、こいつら)。人間も動物も普段ちゃんと手入れしてあげて食事をちゃんとしていたら、病気なんかしないのにね。動物だって、薬の使いすぎは、やっぱいけないもの。

「アフリカ日記」に、「ケニア人度チェック」というのを更新しておきました。日常的に普通になってしまったケニア事情のおかしさを探し出すのは、結構至難の技。いったいなにか普通じゃないのかも、最近忘れているからね。何がケニアに住んだことがある人にしか分からないかもしれないけど、要チェックです。一応50項目は見つけたけど、後でまた何か思い出したら追加しよ〜っと♪



2月3日

月曜に大家のババァの大工が来るらしいので(ホントかどうかは分からんが)、日曜日はその準備でジェーンが必要。なので、今日はジェーンがお休み。犬猫だけ残して家を開けれないので、私はおうちでお留守番です。お菓子系ならなんでも作れるんだけど(和菓子は材料ないので出来ないが)、パンはまだ焼いたことがない。パンにでもチャレンジしようかなと思ったら、イーストが古すぎて死んでましたわ。最初に焼いたパンは、全然膨らまない・・・。味はパンだけど、おいしくない。ってことで、オーブンから出て、そのまま犬たちの口へ直行(食べ物無駄にならないで嬉しい)。新しいイーストでもう一度作ってみるが、今度は膨らみすぎ!(涙) ショックで自分で食べる気もしないので、これは、帰ってきたジェーンの口へ・・・。シフォンケーキを食べさせても、「カマ・クィーンケーキ」(クィーンケーキみたい)とか言う味オンチなジェーン、「タム」(おいしい)って言って食べてくれました。それにしても、人が作ったシフォンケーキをクィーンケーキと比べるとは、喧嘩売ってんのかいっ?!って感じだけど(クィーンケーキ=めっちゃボッソボソで、飲み込むと咽が詰まりそうになるケニアのまずいカップケーキ)。 

お菓子は小学校から作っていたけど(高校とかでは作ってなかったが)、ケニアに来てさらにいろいろ作れるようになった。なんでかって?そりゃ〜、自分で作った方が百倍おいしいからですよ。ケニアのお菓子、死ぬほどまずいもん。あんなものにお金を出す気には、ならないっす。全体が真っ青だったり、蛍光ピンクだったりとかの、食べるのが拷問的なケーキもあるしね・・・(アメリカのスーパーにもよくあるような色とりどりのバタークリームかアイシングのケーキ)。食べる気にもならない、っていうか、頼まれても食べたくない・・・。お別れ会とかクリスマスとか、Mちゃんのオフィスで配られるケーキもそういう系らしい(涙出そうになるとか)。でも、ケニア人にとっちゃ、おいしそうなケーキなんだなってことが、最近発覚→スーパーで、青いケーキの入ったショーケースに張り付いてケーキを眺めている少年を見つけた。「あ・・・、あの真っ青なケーキって、欲しいなって思うものなんだ・・・」と、改めてディスカバリー・ケニア。う〜ん、ケニア人の好みのケーキ、限りなくアメリカ人の好みに近いわ。アメリカ12年住んでいて、最後の2年ぐらいだったもんな、ヨーロッパ系の繊細な味のケーキが簡単に手に入るようになったの。とにかくアメリカのお菓子は甘すぎっすよ、ケーキにしろクッキーにしろアイスクリームにしろ。大学ではみんなデザートにアイスクリーム一箱全部食べてたし、マグカップ半分に砂糖を入れてお茶を飲むケニア人と何も変わらんがな・・・。



2月2日

連日続いている夜間の大雨で、ジェーンの部屋が浸水。天井と壁の境目からものすごい量の水が漏れてきて、ここいらじゅうビショビショ。ムサシが水に落としても奇跡的に直った彼女の携帯電話も雨に降られて、ついにご臨終・・・。そして、天井の電球からも水が漏れてきてて危ないので、今日からジェーンはロウソク生活です。そして、天井の上にあるタンクに水を入れるとさらに漏れがひどくなるので、今日から私も水なし生活だよ・・・(先週そこいらじゅうのタンクに水溜めておいて良かった)。う〜ん、一つ問題解決すれば、さらにまた新しい問題がっ!せっかく床を直す気になった大家のババァだけど、さらに屋根なんて直してくれるのかしらね・・・。毎日毎日、暑いのに朝から晩までタウンで書類問題解決に励んで疲れているってのに、なんでこんなにいろいろあるんでしょうね、私の人生・・・。



2月1日

朝っぱらから、大家のクソババァと大喧嘩。はがれたペンキなどの塗りなおしや、戸棚を直すのなんて、もう1年もやってくれてない。床が浸水してタイルが剥がれたのも、腐った木製タイルをもう一度張り直ししたりされて、床がボコボコ(手でサンドペーパーかけおった)。しかも、バカなフンディ(大工)が、木製タイルの上にバーニッシュじゃなく油性の茶色のペンキを塗って、まるでマニャッタの土の床状態・・・(いい加減にして)。一度木製タイルの下に水が入ってキノコとか生えてるんだから、いくら木製タイルを入れ直してもまた剥がれるだけだって言ってるのに・・・。11月に「家の修理をしてくれないなら、家賃を払うのを見直します」というレターを書いても、まだ何もしない。今日も「まだ修理をしてないから、家賃は考えさせてもらう」と言うと、ババァ、ブチ切れやがったわ。っていうか、逆切れ・・・。

「何度も何度も頼んでいるのに、1年も修理をしていないじゃないですか。家賃だけは取っておいて、おかしいでしょ」と言うと、「去年のことなんか、持ち出すな!」(なんでっ?!) おまけに、12月に腐ったタイルをまた張りなおししたのは、彼女がサファリに行っている間に私が修理代を家賃から先払いしなかったかららしい。なんでやねんっ?!前にフェンス代を次の家賃から引くという約束で先払いしたら、いきなり、「フェンスなんて、私にとって、ゴミにもならないから、払わない」(私とジェーン、唖然)。もう、絶対に何も先払いなんかしね〜!ってことで、今回も先払いを拒否したら、タイルが直っていないのは私のせいらしい。ざけんなっ!「修理をしないなら家賃を払わないなんて、あなたは私を脅しているの?!」と激怒。脅しじゃなくて、頼んでるんだって、もう1年も!「今日修理をしてくれるなら、今日の午後に払う」って言っても、聞かない。最後にゃ、「私のパートナーは政府の大物なのよ!ここは、あなたたち外国人じゃなくて、私たちアフリカ人の国なんだから、知ったかぶりしないで!」と、どっちが脅しなんだか分からないことまで言い出す始末。「家賃を今すぐ払いなさい。払った後で、私が何もしなくて気に入らないなら、デポジット返すから、あなたが出ていけばいいじゃない」とかかなり理不尽なことを言い出したので、「いつでも出ていくわよ!」と言っておいた。絶対に今回は負けたくなかったので、こっちも永遠と文句言っていると、「あなたは私の血圧を上げるつもりなのっ?!」って、知るか、そんなもん。

でも、最終的には、本気で人のこと陥れようとしそうなババァだから、「まだ2月1日だから、今日の夕方には払う。でも、絶対に修理をするって約束して!」と、結局ババァに負けて胸クソ悪いったら、ありゃしないっ!!金の亡者のキクユのババァになんか、最初っから勝てると思ってはいなかったが、やっぱりムカつく〜っ!!

夕方、家に帰ってきて家賃を払うと、ババァのドライバーがセラミックタイルのサンプルをいくつか持ってきた。なんか、月曜日からこの新しいタイルを木製タイルの代わりに入れるとか。ドライバーが苦笑しながら、

「ママ・アメ・セマ、ハタキ・ク・スキア・ケレレ・ヤコ・テナ」(ママが、あなたのうるさい文句なんか、二度と聞きたくないって)

大騒ぎしたかいがあった♪しかし、ジェーンが「タイルがツルツルすぎて、私が転ぶかもしれない」とか訳の分からないことを言い出すし。せっかくババァが修理しようと心を入れ替えたのに、余計なことを言うんじゃないっ!



1月31日

Mちゃんたちと夕ご飯を食べていた時、私の携帯に電話がかかってきた。番号を見てみると、家のランドライン。出てみると、いきなり切れた。おっかしいな〜、ジェーンからのワン切り?家から電話がかかってくる時は、たいがい犬猫たちに問題があった時。慌てて、ジェーンの携帯に電話をしてみた。「何かあった?!」と聞いてみると、「電話なんてしていない」と言う。ジェーンがしていないのに、なぜに家から電話がかかってくる?「ランドラインから、フラッシュ(ワン切り)されたんだけど・・・」と言うと、

「ラブダ・パカ」(たぶん、猫でしょう)

猫からのワン切りかいっ?!う〜む、家中のドアを開けることを覚えるだけじゃ足りなく、ワン切りまで覚えてしまうとは、恐ろしい猫どもよ・・・(汗)。っていうか、どんどん進化していますね、奴らは。次はいったい何をしでかしてくれるのか・・・。

昨日の夜から、私の住んでいるエリアは、またまた大雨・・・。また人が喋っているのも聞こえないぐらいのものすごい大雨ですよ。ドアを開けると屋根から流れ落ちてくる水が滝のよう・・・(大家が屋根を直さないから)。2日続けて、ずっと夜に雨が降りっぱなし。今は雨期なんかじゃないのに、ホント、最近のケニアの気候はおかしい。大雨が降ると、うちのワイヤレス電話の電波が切れるから、ネットがつながらないんだよね・・・。