獣の女医 in アフリカ

サバンナの草を食べるキリン

キリンは本来、高い木の葉っぱを食べる動物である。ところが、エルドレットから30分ほどのソイ地区のサバンナに住むキリン達は驚いたことに草を食べていた。周りに彼らが食べれる木がまったくと言っていいほど生えていないからである。サバンナの周りは民家や畑が建ち並び、夜になると畑からとうもろこしを食べるので、ソイのキリンは農民達に射殺されているらしい。そのうえ、今やこの土地にたった11頭しか残っていないキリンは絶滅寸前といわれるロスチャイルド・キリン。さっそく、ナイロビにあるジラフ・センターからの寄付金でこのキリン達は捕獲され、エルドレット近辺にある白人のファームに移動されることになった。

「ねえ、それって何に使うの?」

ソイに向かう途中、捕獲チームのレンジャー達は道端に生えていた背の高い竹を何本も切っていた。いったいそんな長い竹を使って何をするのだろう。

「シィ・リィ!(ひ・み・つ!) へへ、向こうに着けば分かるよ。」

レンジャーの一人が笑って言った。うーん、前回の捕獲の時は古タイヤにロープをしばりつけて、それを投げてキリンの首にかけたという噂を聞いている。竹の先にロープでもつけるのかしら・・・、そう思っていたら、どうやらその通りだった。4メートル近くある竹の先には針金がつけられ、その先に輪っかになったロープを引っ掛けられた。その竹にくくられたロープの反対側はランクルにしばりつけられていて、キリンの首にロープが引っかかるとランクルの重みでキリンのスピードを落とさせるのだと言う。なるほどね・・・。ぜひキリン捕獲の本番を見てみたいものだ。

キリンの捕獲のためにソイに向かってレンジャー達と私がナイロビを出たのが、月曜。途中の道のりで車が壊れ、ナクル国立公園でレンジャー達とともにトラックの荷台の上で寝袋に包まって一晩。ソイに着いたのが火曜のお昼すぎ。獣医さんが全員ソイに着いたのが火曜の夜。クレートをトラクターに乗せるための鉄のレールを忘れたので、6時間離れたレオワ・ダウンズ・コンサーバンシーに向かった車がレールを持って帰ってきたのが、水曜の夜・・・。おいっ!いったい、いつキリンを捕獲するんじゃい!毎日毎日ベースキャンプで暇で暇で仕方がない。結局、キリンの捕獲は木曜日の朝から始まった。

「うー、やっと始まるよー。」

もー、KWSはいつもこう・・・。朝8時に出発!と聞いて出発した試しがない。いつもすべて出発の用意が出来ているのに、実際に出発するのは夕方になっているのだ。このケニアのポレポレ・タイム(ゆっくり・タイム)、どうにかしてくれー。

朝日が昇ると、早速オープントップのランクル(捕獲レンジャー・チーム)、ランドローバー(獣医チーム)、大型トラック(捕獲レンジャー・チーム)、クレートをつむトラクター(キリンの移動用)で、サバンナに出発した。すると、ソイのキリン達は朝露したるサバンナのど真ん中で座り込んでいた。それを見て、獣医さんが喜んだ。

「こりゃ、ダートが簡単だ。」

その言葉どおり、1頭目のキリンは簡単にダートされた。左の太股に見事に命中。ダートから8分ほどすると、キリンの歩き方に変化が見え始めた。足をうまく上げれないので、つんのめるような形で歩きだし、そのうち走りだした。投与されたEtorphineは成獣で12mg(子供で10mg)。それにXylazineを 20mg混ぜてある。麻酔薬の影響であまりよく見えないので、キリンは一点を見つめながら全速力で走っていた。そして、キリンが走り出すと同時にランクルとトラックのレンジャー隊がキリンを追いかけ始めた。遠くからだと優雅にゆっくりと走っているように見えるキリンだが、意外とスピードは速い。ランクルがデコボコのサバンナをすごいスピードでキリンとの距離を縮める。レンジャー達は荷台の上から長い竹をうまく操ってキリンの首に捕獲ロープを引っ掛けようとしている。私達の乗ったランドローバーもレンジャー隊のすぐ横を走り、キリンが沼地に向かわないように先回りした。すべての出来事がかなりのスピードで起こっているので、めちゃくちゃエクサイティング!

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首にロープをかけるため、レンジャー達がランクルでキリンを追いかける。

ロピオがキリンの首にロープを引っ掛けた。ランクルはゆっくりスピードを落とし、荷台からロープをかかえたレンジャー達が飛び出した。彼らは全速力で走るキリンの前を走りぬけた。どうやら、前足と胸に捕獲ロープをかけるようだ。5メートル近いキリンの前を駆け抜けるレンジャー達、その彼らのかっこよさには本当に惚れ惚れしてしまう!

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ロープを足にかけて倒すため、レンジャー達が麻酔の効いたキリンを全速力で追いかける。

「アイヤッ!アメ・トボア!(うわっ!通りぬけたぞ!)」

張られたロープをキリンはレンジャーごと引っ張り、駆け抜けた。さすが1トンの動物である。並みの力じゃない。レンジャー達は再びロープを張るが、それも通りぬけ、キリンはスピードを緩めることなくサバンナを駆けてゆく。先回りしてキリンを止めるため、ランクルは猛スピードで出発した。残されたレンジャー達は私達の乗ったランドローバーに乗り込もうとしたが、スペースがない。するとロピオが車のドアのステップに立ちながら窓にしがみついた。すると他のレンジャー達もそれぞれ4つの窓にしがみつく。

「トゥエンデ・ブワナ!!(Let’s go, man!)」

窓にロープを持ちながらしがみつくレンジャーを抱え,車はキリンの後を追う。もう、はちゃめちゃである。

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マサイのレンジャー、ペンバが走る走る!!

「シカ・イェイェ!!(奴を捕まえろ!)」

キリンの近くでレンジャー達は車から飛び降りた。それと同時に助手席のドクター・レコロールも飛び出した。ロープをつかむと、レンジャー達より速くキリンの後を風のように追いかけていっていく。すげー、やっぱり野生動物獣医さんは体力が勝負なのね・・・。3分後、胸と足にロープを巻かれたキリンは、ゆっくりとバランスを崩し前方に倒れ込んだ。

「シキリヤー!(押さえつけろ!)」

後から走ってきたレンジャー達がキリンの首と胴体を押さえつけ、私達も薬箱を持ちながら駆け寄った。まず麻酔でまばたきが出来ないキリンの目が乾燥しないように目薬をつけてから、キリンの頭に麻の袋が目隠しとしてつけられる。

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麻酔で倒れたキリンを押さえ込むレンジャー達。キリンの場合、完全に麻酔は効いていないので蹴られないように足の前には行かないようにする。

押さえつけられたキリンに抗生物質(Oxytetracycline)を成獣に100mg 子供に60mg、Etorphine のリバース剤のDiprenorphine を36mg 、そしてXylazine のリバース剤のAntisedan を5mg投与した。注射を打っている最中も突然キリンが暴れだしたりするので、足の回りには近づけない。何せ体重が1トン近くある動物である。力が強いったらありゃしない。前にキリンに蹴られてアバラ骨を折り全治1ヶ月になったレンジャーもいたらしい。

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体温を測るため、またまたお尻に手を入れてる最中のあすか。

「アムシャ・ワニャマー!(動物(キリン)を起こせー!)」

捕獲チームのリーダーが叫ぶと、レンジャーが3人ほどキリンの首を持ち上げた。

「えっ、人間が立ちあがらせるのかい?」

キリンはレンジャーが首を支えるのをやめると、長い首を波打ちながらドタンと地面に倒れ込んでしまった。まだ少し麻酔が効いているのでうまく力が入らないようだ。少しばかり時間を与えて、また上半身がレンジャー達によって立ちあがらされた。

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クレートに誘導するため、キリンの上半身を起こさせる。

次の瞬間、キリンは前足を大きく振りかざすと起きあがった。いきなり5メートル近い巨体がクレートの前にそびえ立った姿は豪快な風景である。

「シキリヤ・カンバー!(ロープを握れー!)」

キリンは四方八方から張られた5本のロープで体中をしばられている。レンジャー達がいっせいにキリンをクレートの方に引っ張っていく。目隠しして目が見えないので一歩一歩慎重に前に進んでいくが、クレートに前足が入るとそこで止まってしまった。いくらロープで引っ張っても入ろうとしない。レコロールやロピオがロープでキリンのお尻や足を叩き始めた。しかし、5メートルもあるキリンは、ロープではびくともしなかった。

「インギヤ!(入れ!)」

すると怒ったキリンは後ろ足でロープを持ったロピオに向かって蹴りを入れた。キリンがこんなに素早く蹴りを入れられるとは思いもよらなかった。近くで見ていたのに蹴りが速くてよく見えないほどなのである。けれど、ロピオはさすがである。ものすごいスピードで入れられた蹴りを飛びよけて、30センチ近い巨大なヒヅメは彼のズボンの生地をかすった。ロピオは「ヒュー」と口笛を鳴らすと、ニヤっと笑った。

「ニコ・ナ・ムング!(オレには神がついている!)」

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立ちあがったキリンをロープを使ってクレートに誘導する。

散々クレートに入るのをしぶっていたキリンだが、鉄の棒でアキレス腱をつつかれるとやっと後ろ足をクレートに乗せ、その後ろでクレートのドアが閉められた。クレートに入ったキリンは目隠しされたまま怒って、鉄で出来たクレートの壁を蹴ったり体当たりを始めた。おいおい、クレートが壊れるぞ・・・。サイの時もそうだったけど、大型動物はシャレにならないほど力が強い。キリンが入ったクレートごとトラクターに乗せるのだが(ランクルでトーイングして)、その時にレンジャー達も全員でクレートを後ろから押してゆく。その時にレンジャー達がクレートを押しながらか叫ぶお決まりのかけ声がなんとも面白い。

「アヒィーッ!!」

「ヒィーッ!!」 

「セマ・トゥエンデェー!(Let’s goと言えー!)」 (クレート押す前のかけ声)

「トゥエンデェー!! トゥエンデェー!!(Let’s go!!)」(全員でクレートを押す)

オマヌケな掛け声なのにみんな超まじめに叫んでいるのが笑える・・・。最初は「アヒィー」の意味が分からなかったんだけど、最近になって、「アヒィー」ではなく、「サー・ヒィー(今だ)」ということが分かった。「今だ、押せ〜!」ってことね。

ソイで捕獲されたキリンは最終的には10頭。最後の1頭は行方不明になったので、たぶん殺されてしまったのではないかと思われた。直接目的地のファームに移動させるのではなく、キリン達は環境の変化に慣らすため10日間ほどボーマ(囲い)に入れられた。

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キリンのストレスをなくさせるため、捕獲後のキリンはボーマ(囲い)でアカシアなどを与えられて2週間ほど飼われる。

2日目ごろからキリン達は与えられた木の枝から葉っぱを食べ始めた。5日もすると人が近かずいても驚かなるほどおとなしくなっていた。しかし、1頭の歳をとったオスだけ少しばかり問題があった。エサを食べないのである。食べないし飲まないから、糞もしていない。そのオスは2日目、いきなり体のバランスを保つことが出来なくなり柵によりかかり始めた。その後、ドカーン!という大きな音とともにバッタリと地面に倒れてしまった。1時間ほどして起きあがったが、その時には目が見えていないようだった。レコロールが柵の上に乗ってキリンの目を触ってみたが、まばたきはかろうじてするが視線は一点を見つめたままである。

「ハア・オーニ・カビサ・・・。トゥ・パティエ・Doxapram。ウコ・ナ・アイディア・インギネ?
(全然見えてないな。Doxapramを注射するか。なんか他にいいアイディアある?)」

っつーか、私に聞かないでくれる・・・。あんま薬のこと分からないからさぁ・・・(当時まだ2年生)。私は柵の上に立って放心状態のキリンの顔をなでた。オスのキリンは歳をとるごとにキリン独特のジャコウの香りがする。すると顔をなでたその日は一日中、手がキリン臭くて仕方がなかった。

「ドゥンガ・ダワ・クゥワ・ミグー。(足に注射しな)」

レコロールが、私が注射してもいいと言ったので、背伸びしてキリンの前足にDoxapram (Central Nervous Stimulizer)を注射した。しばらくするとそのキリンは視力が少しずつ復活してきた様子。そして視力が復活した途端、私を見て前足で威嚇の蹴りを入れてくれた。おいおい、柵に蹴りが入ったからいいものの、実際に当たっていたら即死だぞー。もー、この恩知らずー!

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麻酔薬のせいで目が見えなくフラフラになってしまったオスのキリン。