獣の女医 in アフリカ

キリンと牧師

アバーディア・カントリー・クラブ内を歩いていた観光客がキリンに殺されて亡くなるという事件がおきた!獣医さんとみんなでムイガという町でお昼ご飯を食べている時のことである。

「今すぐアバーディア・カントリー・クラブに来るように!」

突然警察から呼び出しをくらった。サイの移動のためにムイガに来ていたが、「明日まで仕事が始まらないから」と獣医さん達はいい気分でビール飲んでいた最中だったのに・・・。

「トゥイガ・イメ・ウア・ワタリー。(観光客がキリンに殺された)」

獣医さんの酔いも一変でさめたよう。しかし、どうしてキリンが人を殺すなんてことがおきるの・・・?いったいどうやって・・・?私達は急いで現場に向かった。

アバーディア・カントリー・クラブはケニア山の近くの高級カントリー・クラブ。敷地に入ると、クラブのバーの前には孔雀が歩き、ゴルフ場ではイボイノシシが草を食べていた。キリンにゴルフボールでもぶつけたのかね・・・。

警察によると、被害者はアメリカ人の牧師さん。キリンがいる草原で倒れていたところを発見されたらしい。頭を鈍器で殴られて死んでいたのだが、ポケットに入った200ドル紙幣と高いカメラは倒れた場所に放置されていた。ポケットのお金が盗まれていないなんていうのは、人が殺したのならありえない。この国でお金を持っていかない人なんて、はっきり言っていません。

どうやら被害者はネーチャー・ウォークのコースから外れて、ガイドなしでは歩いては入っていけない地域に勝手に入っていったらしい。それが午前中のこと。彼が発見されたのは午後。

「サバンナでムズング(白人)が昼寝しているから、誰か起こしにいけ」

と、ガイドがセキュリティーに通報したのだと言う。ところがどっこい、行ってみると「昼寝」をしているはずのムズングは死んでいた。そして、被害者の倒れているサバンナには20頭のキリンの群れがいたのである。

「デビル・ジラフ(悪魔のキリン)の仕業に間違いないんです。」

警察が言った。牧師を殺したから、デビルなのらしい。

「群れの中に1頭だけ、行動がおかしいオスのキリンがいる。それが容疑者(キリン)
だ。」

行動がおかしいー?どういう意味なのだ・・・?とりあえず、獣医さんとレンジャー達と、その「おかしいキリン」を見に行くことになった。

「ンディオ・イレ・トゥイガ。(あのキリンだ)」

変と言われてみれば、変なのかもしれない。二十頭近いキリンの群れの中に、一頭だけ近づく人間に向かって威嚇しているオスがいた。いや・・・、別に変ではないのではないか。よく見ると、そのキリンの群れには、生まれて一週間ぐらいの子供がいて、群れ全体がその子供に対して過保護になっていた。「変」と言われるオスは、年をとっており、体も一番大きくかった。群れのリーダー的な存在なのであろう、群れの近くに来た人間を追い払おうとしている。いったいその牧師さんは、このキリンの群れに何をしたのだろうか・・・。しかし、今となってはそれを語る者はいない。

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愛らしい顔をしていても体重1・5トンの巨獣です。

「キリンは麻酔銃でしとめるのが大変難しい動物なんです。絶対に必要な時でなければ、麻酔はかけたくないんですよ、すぐ死んでしまうから。」

獣医さんが言いにくそうに警察に伝えた。

「何を言っているんです! 殺されたのはムズングなんですよ。またジューディー・ウォードの(十年以上前にマサイ・マラ国立保護区で殺された観光客。まだ犯人は不明のまま)ケースみたいになったら、どうするんです! ケニアはまた海外からバッシングを食らいますよ、ケニア警察は観光客の殺人事件に対して何もバックアップの調査をしなかったと。」

バックアップ検査とはなんなのだろうと思っていると、容疑キリンを麻酔銃で撃って足型を取るのだと言う。はぁー、殺人キリンの足跡ね・・・、容疑のかかっていないキリンの足跡と変わらないんじゃないのぉ・・・? 足型を作って被害者の頭の傷と一致するかを調べると言っているが、無駄じゃないのかね、とか思ってしまうのは気のせいかね・・・?麻酔獣の弾一発200ドルの無駄使いに終わるような気がした。

キリンに麻酔をかけるのは大変な作業である。長い首の先の頭まで血を送るため、キリンの血圧はとても高い。麻酔薬は血圧を下げる効果もあるので、血圧が下がりすぎるとキリンは嘘みたいに簡単に死んでしまう。前回トランスローケーションで捕獲した時も、12頭のキリンがストレスを感じてバタバタと全部死んでしまった。よって、キリンは麻酔の量をコントロールするので、象のようにバッタリ地面に倒れるまで完全に麻酔が効かせられない。麻酔が効いても、酔っ払いみたいな状態になるだけである。捕獲の時は、千鳥足で歩くキリンの前方にレンジャーが10人ほど先回りしてロープを張り、がんじがらめにしてクレートに入れる。そのため捕獲には木が生えてない広い場所が必要となる。それにキリンはオスの成獣で2トン近くもあるものもいるから、かなり危険をともなった作業である。以前クレートに入る前のキリンが、ランドクルーザーのボンネットを上から踏んでボンネットに穴を開けてしまったらしい・・・。獣医さんとレンジャーが「出来ればやりたくないんだよな・・・。」と、口をそろえて言うのが分かるような気がした。

結局、「ラジマ!(絶対だ!)」と警察が言い張るので、私達は殺人キリンを捕獲することになった。次の日、麻酔薬を麻酔銃につめ準備が整うと、容疑キリンの捕獲が始まった。このオペレーションは、まず地形が捕獲に不利だった。サバンナがあまり広くなく、その周りもブッシュで囲まれていたからである。さらにブッシュの反対側は崖になっている。つまり麻酔のかかったキリンが崖の方に行ってしまったらアウト。捕獲チームのヘッドが「面倒くさい地形だな・・・。」とつぶやいている。その予感は的中で、午前10時に始まった捕獲は、午後4時になってもまだ続いていた。

「1頭をしとめるのに、なんでこんな時間がかかるんだ!」

みんないらいらしている。時間がかかっている理由は、サバンナからキリンが逃げてしまうからである。車でキリンに近寄ってダートできるのは、サバンナでしか出来ない。ブッシュはかなり急な斜面があり、車は入れない。群れは小さな子供がいるので過保護になっていて、子供が車を見て走り始め、何度となく群れが暴走を始めてしまう。ほとんどの時間はサバンナにキリンの群れを戻すのについやされていた。

「車じゃなくて馬に乗ってキリンの群れに近づけばいいのに・・・」

待ちくたびれた私がつぶやいた時、またキリンの群れがいっせいに走りだした。ターゲットのキリンを見ると、太もものあたりに黄色い物が見える。やっとダートが当たった!

「10分ほどで麻酔薬が効き始めるぞ。」

そう獣医さんが言ったが、殺人キリンは15分を過ぎても全然麻酔が効き始めた様子を見せない。

「おかしいなー、筋肉まで貫通せず皮膚でダートが止まっちゃったのかな・・・。」

すると、キリンは突然ブッシュに向かって猛ダッシュを始めた。

「やばい、ブッシュに入るぞ!追えっ!」

二台のランドクルーザーがサバンナの中を猛スピードでキリンを追いかけた。しかし、キリンには追いつくことは出来ず、キリンの長い首がブッシュの中に消えてしまった。

「エンダ・ジヤ・ンビリ!(二手に分かれろ!)」

崖の横を通る道を二方からキリンを探しに行くことになった。私はランクルの屋根に飛び乗ってスポッター(監視人)の役になった。ブッシュの横を車がゆっくり走っていく。ターゲットのキリンは大きなオス。体の斑点は濃いのだが、白い部分が他のキリンより多く、顔がほとんど真っ白だった。他のキリンはいるが、ブッシュの中に彼の姿はない。5分ぐらい進んだところで道がカーブにかかる。車がカーブを曲がりきってブッシュの向こうの景色が見えた。

「わっ!!」

突然、視界に背丈5メートル近い白い顔のキリンが現れた。麻酔が効き始めているのか、半分目を閉じていて変に足を上げてこっちに向かってくる。まるで目の見えない人が歩いているようである。屋根の上の私の目の前にキリンの膝が見え、その後ろからはレンジャー達が歩いてキリンを追っている姿が見えた。すぐさま私達の車はスピードを上げてバックした。私も動いている車の屋根の上から、急いで荷台に乗り込む。その瞬間、キリンが右の崖の方にヨタヨタと歩いていくのが見えた。すると、車が止まり、獣医さんが車から薬箱を抱えて飛び出した。

「アメ・エンダ・ワピ?! (奴はどこに行った?!)」

道の上から全員で崖に続くブッシュを見下ろしてみる。麻酔のせいで目がよく見えていないのであろう、キリンは首を上にかしげたまま、千鳥足でどんどん崖の近くに歩いていた。レンジャー達が慌てて走りだす。キリンの後を追いかけ、その大きな足に縄をかけようとした瞬間、捕獲チームのヘッドが叫んだ。

「ワチャッ!アタ・フルタ・シィシィ・チニ!(やめろっ!引きずりこまれるぞっ!)」

キリンは木の根っこで足を踏み外すと、長い首を大きく揺がせながらスローモーションでゆっくりと崖から落っこちていった。次の瞬間、ドスンッ!とすごい音がして地面が揺れた。キリンは首から着地をし、足をビクッビクッと動かすと、そのまま動かなくなってしまった。

足型を取るためにダートしたのに、死なせてしまった・・・。がっくりして体から力が抜けていくのが分かった。私達がダートしたことによって起きた事故だった・・・。結果、牧師とキリンの間に何が起きたのかは分からず、本当に彼が牧師さんを殺したのかも永久に迷宮入りなってしまった。私達は崖を降りてキリンを見にいってみた。キリンの死体からは、野生動物特有のじゃこうの臭いがしていた。

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崖から落ちて首を折ったキリン。

「アメ・クファ・ブレ・トゥ・・・。(無駄な殺生だったな・・・)」

獣医さんがつぶやいた。その後ろでは、警察が「これは証拠品だ。」とうれしそうにキリンの足を切り取るのに忙しかった。そして、4本の足をすべて切り取ると、「頭も証拠品として持っていきたい。」と言い出した。頭なんか必要があるのか分からないのになぜ持っていくのだろう・・・。

やかましく騒ぎ立てる警察官がキリンの首の前に立ち、ここから斧で切れと指示をする。そして斧が振り下ろされた瞬間、キリンの頚動脈から血が噴水のようにあふれで、警察のオジサンのスーツは全身真っ赤に染まった。無駄に殺されてしまったキリンの最後の仕返しかもしれない、と私は無残に切り刻まれるキリンをボーっと眺めていた。

(photo-135) 証拠品として没収されたキリンの首。

帰る途中の車の中では、獣医さんと捕獲チームが不思議な会話をしていた。

「ここのスタッフが後であのキリンの肉を食べないといいんだけど・・・。麻酔薬のリバース剤を打っていないから、あの肉を人間が食べたら即死だよ。寝たまま一生起きてこれないね。注意したけど聞かない奴は絶対いるから大丈夫かね・・・。」

「シャウリ・ヤケ・・・(ほっとけ、向こうの責任だ)」