獣の女医 in アフリカ

ワイヤーと象

ボランティアを初めて2日目の朝、「ツァボの近くで密猟の罠にかかったゾウがいる」との連絡が入った。今日中に出発だ、と言われ、家に帰って荷物を用意してお昼までにKWSに戻ってきた。

「何時に出発するんですか?」

「う〜ん・・・。今、経理の人がタウンに行っているから、まだ待機だね。」

「はぁ・・・。」

やれ経理がタウンに行ったのでお金がない、やれ車が用意されてない・・・。朝の9時から出発を待っていたのに、結局KWSを出たのは夜7時。それからサファリ用の食品を買って、タウンを出たのが8時。ケニア・タイムだー!

今回のサファリに行く先生はキクユ族のドクター・ンデーレ、同じナイロビ大学出身の先生で、本当は大学の教授になりたかったらしい。すごく性格がよくて、麻酔銃の射撃の腕もかなりいい。

私達の目的地はツァボ・イーストの北側にあるサラ・ゲートのさらに北の「ガラナ・ランチ」。今年に入ってからソマリアからの象牙密猟者6人がレンジャーに射殺されたりして、あまり治安のいい場所とは言えない。それにガラナはソマリアの国境から近いこともあり、密猟者だけでなくシフタ(強盗団)もいっぱいである。したがって機関銃を持ったツルカナ族のロピオとカンバ族のムトゥクというレンジャーも同行。ロピオは捕獲チームで一番の古株レンジャー。おじさんだけど背が高くてめちゃくちゃスタイルがいいので、びっくり。キリンの捕獲などいろいろなサファリに一緒に行ったが、彼の勇気と野生の勘のすごさには毎度度肝を抜かれる。ナイロビを7時に出てツァボ・イースト国立公園のゲートについた夜1時まで、私はずっとランクルの荷台でレンジャー二人と2台の機関銃にはさまれた形で寝ていた。強盗団が襲ってきても、これ以上安全な場所はないだろう(機関銃の間で寝ていてやられるようなら何をしても助からないでしょうから)。その日、ボイのKWSオフィスの軒下で私達は夜を過ごし、翌朝ガラナ・ランチを目指すべくサラ・ゲートに向かった。今から無法地帯に入るぞーという時、私の携帯が鳴った。

「あなた!ワールドカップ、日本が負けちゃったわよ!」

日本の母からの電話だった。うーん、あまりのギャップにずっこけてしまった。

「今、どこにいるの?うるさいわね、車の中なの?」

「密猟の罠にはまったゾウの治療で、今から無法地帯に向かう最中でございます・・・・。」

「はー・・・。気をつけなさいよ・・・。とりあえず日本はワールドカップから外れたわよ。」

そ、そうすか・・・。そりゃ、残念でございました・・・。ボイ・ゲートを過ぎるともう携帯の電波も届かなくなり、赤土が覆うツァボのブッシュが広がった。そしてボイ・ゲートからサラ・ゲートまでは3時間ちょっと。私はまた荷台の上で機関銃の間に寝転がって外の景色を眺めていた。時より赤い埃まみれのブッシュの向こうにゾウの大きな赤い背中が見え隠れしていた。

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ガラナ・ランチに向かう途中、ツァボ国立公園サラ・ゲートにて。

ゾウやサイがかかるワイヤーで作られた密猟の罠(SNARE)は彼らを狩る目的でセットされてはいない。SNAREは象牙やサイの角が目的の密猟ではないのである。そのような目的ならワイヤーの罠など仕掛けずに、ゾウやサイはその場で機関銃で射殺される。コマーシャルな密猟の後に残るのは、象牙を取るために顔を半分切り取られたゾウや、角を切り取られたサイのハゲタカの白い糞だらけになった死体だけ。大型動物が即死できないワイヤーで作られた罠は、本来はガゼルなどのアンテロープの肉を得る為の密猟罠である。そこに不運なゾウやサイなどが足を踏み入れてしまう(足だけではなく首や顔にまでかかるケースもある)。罠はぶっとい車のトーイングワイヤーでできているので、アンテロープなら即死だろうが、大型動物は足が切れたり、傷口にワイヤーがかかったまま歩いていってしまう。ワイヤーが足の傷についている場合、傷が完治することはほぼ不可能である。外見的に完治しても、皮膚の下で膿がたまっていたり、炎症をおこしたり・・・。したがってワイヤーなどがかかっている動物が見つかった場合はワイヤーを取り除くことが必要とされている。罠による被害は悲劇的。マサイマラのオス・ゾウで、ワイヤーを取り除くさいにワイヤーが骨までとどいていたので、仕方なく射殺されたもの。アバーディアでワイヤーのかかった足がすでに腐り始めていて、治療が終わって麻酔をリバースして立ち上がった瞬間に足がとれてしまい、骨だけで歩きはじめてその後すぐ死んでしまったサイなど、ひどい話が多い。

サラ・ゲートにつくと、ゲートのレンジャー達と歩いてワイヤーがかかったゾウを探すことになった。レンジャー達と一緒になって、川岸についたゾウの足跡を読みながら歩く。しかし、1時間ほど探してもゾウは見つからなく、ランクルで川の向こう岸に回ってゾウを探すことになった。すると、移動を始めてすぐに向こう岸に1頭のゾウが歩いているのが見えた。双眼鏡で見ると、左後ろ足にワイヤーらしい物が見えるではないか。

「あのゾウだ、向こう岸に回るぞ。」

急いだが、30分かけて反対岸に回った時にさっきのゾウは姿を消してしまっていた。何度もグルグルとまわってみるがいない。また反対岸に渡ってしまったのだろうか・・・。しかし、最後に川岸沿いのブッシュの横を通った時、ヤシの木の葉の中で微動だにしないゾウのお尻が見えた!

「ゾウがいたよー!」

私は飛び上がり、慌てて声を潜めて指を指した。

「うーん・・・。ブッシュの中だし、水に近すぎるな。サバンナの方に追い出さないとダートできないよ。」

ンデーレが麻酔銃の弾に薬を入れながら言った。確かに、ブッシュで麻酔が効き始めても私達が深いブッシュの中に入れないし、水の中で倒れてしまったらゾウが溺れ死んでしまう。しかし、車でゾウをブッシュから追い出そうと試みてみるが、全然無理・・・。どんどんブッシュの中に入りこんで、出てこようとしない。ゾウが移動する瞬間にブッシュの間からワイヤーがかかった足が見え隠れしている

「トゥタ・テンベヤ・トゥ(歩くしかないだろ)」

レンジャーのロピオが機関銃をかついで車から降りた。どうやら歩いてゾウをブッシュから追い出すつもりらしい。ムトゥクもロピオの後を銃をかかえてついて行った。

「トカ・ウェウェ!(出て来い、お前!)」

ロピオが大声を出して、ブッシュの中のゾウの近くの茂みに向かって至近距離から石を投げた。遠目に一瞬ゾウが緊張したのが見えた。そしてゆっくりとさらに茂みの奥に入りだした。おいおい、逆効果じゃないのさ・・・。その後何度も石と大声でゾウを移動させようと試みるが、どうしてもサバンナの方には出てきてくれなかった。そして、2時間以上もたったころ、やっとゾウは嫌々そうにサバンナに向かって歩きだした。茂みから出たゾウの左後ろ足にはワイヤーがギッチリと食い込んでいて、その周りは張れ上がっていた。

「そうとう長いことたっているな。かわいそうに。」

ンデーレが麻酔銃を構えながら言う。ランクルはサバンナの中に早足で逃げるゾウを追い始める。するとゾウはクルっと向きを変えて、大きく耳をたてながら威嚇のチャージをしてきた。ドライバーのオクムが慌てて車の向きを変える。

「ハパナ・オゴパ・ウェウェ!(怖がるなよ、お前っ!)」

ロピオが大声を上げた。どうやらオクムはゾウの威嚇にちょっとビビっている様子。ロピオに罵倒されて、名誉挽回のためオクムのランクルは猛スピードでゾウの横を走りだした。向こうはこっちが治療するのなんて分かっていないから、必死の抵抗と逃亡である。こっちもサバンナに穴とかがあったり木にぶつかりそうになって猛スピードで追いかける。私もレンジャーもランクルがすごいスピードで跳ねながら走るので、荷台にしがみついた。命がけです、両方とも・・・。この日、ンデーレは朝ご飯にあたってかなりお腹の調子が悪かった。青い顔して麻酔銃を握っている(そうとうひどい下痢だったらしい・・・)。ランクルが再度ゾウの横を走り抜ける時、「パスッ」という音と共に麻酔銃が打たれた。ダートはゾウの左の横腹に命中した。

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全速力で走る車から麻酔銃でゾウを狙うンデェーレ先生。

「フアタ・ポレポレ(ゆっくり追いかけろ)」

横腹に痛みを感じたゾウはサバンナをさらに全速力で駆けぬけていった。ランクルはその後を少し距離を置いて追いかけた。私はダートが打たれた時間を書き込み、何分経過したかチェックした。ゾウの足取りがだんだんおかしくなり、スピードも落ちてくる。鼻がダラーンとたれ、足もうまく持ち上げれなくなってきた。そして、ちょうど私の時計で8分たった時、ゾウは歩くのやめバッタリと倒れた。同時にロピオが大きなワイヤー・カッターを持ち、ンデーレと私が薬箱を持ってランクルから降りる。人間の姿を見えないように大きな耳を目の上にかぶせてから近づく。

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麻酔の効いて体温調節ができなくなっているゾウの耳に水をかける。


罠のかかった足を見た。車のトーイング用のワイヤーで出来た罠は皮膚の中に食い込んでいて、外に出ている部分はひどくさびている。ロピオとンデーレはワイヤー・カッターで肉に食い込んだワイヤーを取り除こうと試みた。しかし、かなり食い込んでいてナイフで掘り出さないとワイヤーまで届かない。ナイフで足の回りを切り出すと真っ赤な血が流れ出した。こんなに肉に食い込んでしまったままで、いったい何ヶ月痛みに耐えながらサバンナを歩いていたのだろう・・・。初めて見た時から、「なんか変だな、このゾウ」と思っていたが、近くで見てようやくなぜか分かった。鼻の先がないのである。過去にワイヤーが鼻にかかって、鼻が切れてしまったのだろう。鼻が通常より短いせいか、鼻の切れたゾウはゴーゴーといびきをかいている。ワイヤーのために鼻が切れてしまい、今またワイヤーがからんでいる血だらけのゾウの足を見ていると、なんかやるせない気分になった。

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ワイヤーカッターでSnareを切るロピオ(左)とンデェーレ先生(右)。ワイヤーは車のトーイングワイヤーで出来ているので、かなりの力仕事。


ワイヤーを取り外した後、ゾウの足は消毒され抗生物質の注射が打たれた。麻酔銃で撃つために追いかけることで精神的ストレスを与えたので、肺炎などにならないための予防である。膿がたまった傷跡から取り外されたワイヤーは肉が腐った臭いがしていた。

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体温を測るためゾウのお尻に手をつっこむ・・・。

撃たれたダートは可能な限り回収しなければいけない。針が折れていなければ、また再利用できるからである。ダートを抜こうとしてゾウを見た。うーん、ゾウはダートが刺さった方の体を下にして寝ていた・・・。さっき体温を測るために体の下敷きになっていた尻尾を持ち上げようとした時でさえ、3人で引っ張っても無理だったのに・・・。いったいダートをどうやって取ればいいんじゃい。するとロピオがゾウの怪我していない方の足にロープをかけ始めた。どうやら、ランクルで4トンのゾウの体を持ち上げるようである。ランクルが足のロープを引っ張ると同時に、3人の男達がゾウの足を持ち上げた。ンデーレはゾウの体の下にもぐり込み、太股に刺さったダートを外した。ゾウの重さでロープが切れて下敷きになったら、いったいどうするんだろう・・・。

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体の下敷きになったダートを取り除くため、5トンのゾウをランクルで引っくり返す。

すべての治療が終わると薬箱などをすべてランクルに詰み込まれた。麻酔薬のリバース剤を打つ前にいつでも逃げられる用意をするためである。ンデーレがリバース剤を耳の静脈に打つと、みんなが車に乗り込んでその場を離れた。少し遠くでゾウが完全に起きあがるのを待つ。するとものの2分もたたないうちにゾウの鼻が動くのが見えた。次の瞬間、お昼寝からさめたようにゾウは立ちあがり、ゆっくりとサバンナの中を歩いて消えていった。野生動物の治癒力はすごく、ワイヤーさえ外してやればすぐ傷など治ってしまうと言う。あの痛々しい傷跡も早く治ってほしいものである。

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ゾウの麻酔が覚める前に車に戻る。

ガラナでは2頭のゾウを治療した。もう1頭は最初のよりかなり大きいオスで同じく左後ろ足に大きな傷をおっていた。このゾウのワイヤーはもう外れていたが、傷跡は最初のゾウにも負けずおとらず痛々しいものがあった。年々パークの外に住む人間の数が増えてきていると同時に、住民にかけられた罠の数も増えているのである。今回2頭の象のワイヤーをはずすのに5万シリング(650ドル)ほどかかった。一番高いのが大型動物用の麻酔薬である。麻酔銃の弾と薬のセットで一発約200ドルするのには驚いた。時速40キロほどで象をダートするので、必ずとも一発でしとめることが出来るとは限らない。大変お金のかかるオペレーションなんだと改めて実感した。すべての動物をアテンドするお金がないことで、かなりの数の動物が治療されないまま足が腐って死んでしまうという悲しい結末をむかえている。

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Snareに掛かったゾウの足。


私は本来自然の中に住む野生動物は、人間からの治療をうける必要はないと思っていた。動物の生死は自然の掟によって定められていると思うから。けれども、人害によって傷をついて死んでいく動物達のケースはどうしても違うと感じてしまう。罠によって傷ついた動物の罠をはずしてあげて治療をし、傷が完治する可能性を高くして自然に帰してあげるのは、同じ人間の罪をつぐなう、そんな義務があるのではないかと感じた。だって、人間がしかけた罠は自然界の掟でもなにもないのだから・・・。

Elephant Treatment 1

Location: Galana Ranch
Animal: Adult bull, approximate 4 ton
Darting: Etorphine 18mg (left medial flank), 8min till induction
Condition: Snare wound, puss around the wire with external bleeding, 1/3 of distal trunk amputated by prior snare wound.
Treatment: removal of wire, application of antiseptics (hydrogen peroxide and iodine), administration of antibiotic (oxytetracycline) for prevention of pneumonia due to stress from capture, application of eye ointment (opticlox) for prevention of eye desiccation.
Respiration: 6 per min
Temperature: 36.5 c
Antidote: Diprenorphine (1min)

Elephant Treatment 2

Location: Sala Gate, Tsavo East N.P.
Animal: Adult bull, approximate 5 ton
Darting: Etorphine 18mg (right lateral flank), 16min till induction
Condition: Snare wound (no wire), healing wound (in ring fashion)
Treatment: application of antiseptics (hydrogen peroxide and iodine), administration of antibiotic (oxytetracycline) for prevention of pneumonia due to stress from capture, application of eye ointment (opticlox) for prevention of eye desiccation.
Respiration: 5 per min
Pulse Rate: 41 permin
Temperature: 35.5 c
Antidote: Diprenorphine (1min)

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ゾウにリバース剤を投与するンデェーレ先生。